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2016-03-26(Sat)

27、世界遺産;厳島神社の仮説  「平家滅亡と厳島神社」 






 27、世界遺産;厳島神社の仮説  「平家滅亡と厳島神社」 






http://www.miyajima.or.jp/sightseeing/img/img_itsukushima.jpg




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当時の中国・宋は、北方民族「金」(今の中国東北地区・満州)の侵略を受けていました。
武器の確保は、宋にとって最重要課題だったのです。

清盛は、非常に優れた情報収集能力を持っていて、非常に優れた戦略化であり、偉大な外交家だったのです。
当時の東アジアの情勢については”自分の手のひらを見るように詳しかった”のです。
宋が弱体化している今こそ、平等な貿易関係を築くことが出来る絶好のチャンスだと思っていました。


当時は、海に出ることはとても危険でした。
貿易都市として栄えた寧波、そんな貿易に携わる人にとって心のよりどころとなったのが、普陀山でした。
宗教都市・普陀山と貿易都市・寧波が近くにあるという関係は必然でした。

これは、厳島神社と福原の関係と似ていますし、つまり日宋貿易で重要な位置にあったのが、厳島神社でした。
厳島神社は、日宋貿易の入口であり出口なのです。

清盛は、貿易と宗教の相乗効果を知っていたのです。
日宋貿易によって日本の国力を高め、同時に信仰の聖地として厳島神社を築き上げたのです。


その後の源平の戦いで平家は滅びたものの、厳島神社に残された観音信仰そのものが機能していたので、厳島は残ったのかもしれません。
何故なら、鎌倉時代というのは日本の宗教界、仏教界では最も栄えた時代でもあったのです。 

鎌倉幕府も貿易を念頭に置いていたので、この厳島の修繕には力を入れていました。

因みに、現在残されている具体的な仏教界と言うのは鎌倉期から派生した各種の宗派が引き継がれているのです。

今から800年以上前に清盛によって建設された海上神殿・厳島神社は今も輝き続けています。、そこにはまだまだ知らない謎が眠っているかもしれません。


 本稿、世界遺産・厳島神社、終わり、

  
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2016-03-25(Fri)

26、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社;清盛の中国貿易と仏教」 






  26、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社;清盛の中国貿易と仏教」  




http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/7b/Owadanotomari-iwakura.jpg/800px-Owadanotomari-iwakura.jpg
大輪田の泊まり、今の神戸からの遺跡、


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/f/fc/Nanso-sen.jpg/800px-Nanso-sen.jpg
宋銭の各種、




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清盛の中国貿易(宋)成立の秘密とは仏教と厳島神社だった。

兵庫県神戸市は今では日本最大級の国際貿易港といってもいいでしょう、そして、この地で近年、新たな遺跡が発見されたのです。

発見されたのは800年以上前の平安末期の権力者の邸宅であり、其の中から珍しい海外製品の白磁・青磁などであった。

其れは宋の時代に造られたものであり、当時は盛んに宋と日本が貿易していたことが判ります。 同時にこの時期、宋銭も発見されており、それは実は、日本の貨幣経済の始まりであったともされているのです。
この時期には、平清盛は日宋貿易の為に福原(大輪田の泊まり、今の神戸)に居をうつし、宋との貿易を拡大させていきました。


先ず、都を目指した清盛は福原に巨大な港を築き、宋の船が瀬戸内海を通って福原に来れるようにした。 其れは宋との対等な貿易関係を築きますが、そこには巧みな外交戦略があったとされています。

この事は、中国・宋が世界でも政治・経済・文化のトップを走り続けてきたとされているが、清盛はその中国との対等な貿易関係を築くために大いに仏教(観音信仰)を利用したとされているのです。

清盛は中国・寧波の寺(普陀山と舟山列島)が浮かび、 其処から観音像である仏舎利を得ていて、即ち、これは中国の仏教勢力の仲間入りをした証拠でもあるのです。 そして、この仏教勢力を利用して日宋貿易をしたのです。
其の日宋貿易の繁栄と航海の安全、海の祈りの場として、途中の瀬戸内の安芸の宮島に厳島神社を造営したのであった、



切り札の輸出品は日本国内の硫黄であり、硫黄は火薬の原料となり武器を造るのに必要不可欠であったのです。
当時の宋は北方民族の「金」の侵略を度々受けていましたし、武器、又は其の材料となる物資の確保は宋にとって最重要課題だったのです。

この辺り、平清盛は非常に優れた情報収集能力を持っていて、当時の東アジアの情勢については、自分の手のひらを見るように詳しかったともいわれているのです。

宋が金の侵略を受けつつ弱体化している今こそ、平等な貿易関係を築くことが出来る絶好のチャンスだと清盛は思っていたかもしれません。 清盛は、非常に優れた戦略化であり、偉大な外交家だったのです。


次回、 「平家滅亡と厳島神社」

  
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2016-03-24(Thu)

25、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社;普陀山と清盛の関係」 






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中国・普陀山と平清盛の野望と信仰

穏やかな瀬戸内の海に浮かぶ朱塗りの神殿・世界遺産 厳島神社です。
築かれたのは今から800年ほど前、平安時代の寝殿造りの建築美で、世界遺産のその登録理由は、「自然と一体となった社殿は唯一無二」のもので、日本人の美意識の基準となっています。

史上例のない大胆な発想で行われた海上神殿の建設、その偉業はひとりの男によってなされたのであった。 其れは平安時代、武家の棟梁として最大の権力を誇った平清盛なのです。

平家の武力で瀬戸内海を制して大躍進を遂げていった清盛、其の平家の棟梁が安芸の宮島に(厳島)に平家一門の繁栄を願い、海上神殿を築きました。


平清盛とはどのような男だったのでしょうか・・?。
武士として生まれた清盛は、瀬戸内の海で名を挙げ、海賊たちを武力で制圧、「武士が世の中を変える」世界を作りました。
しかし、清盛がなぜ海上神殿を築いたのか・・?、その謎はハッキリとは明らかにされていませんが、一般的な説として中国、現在の宋にあったとされているのです。


何故、どのようにして海上神殿を築いたのでしょうか・・?。

其れは、清盛の野望は中国(当時の宋)との貿易にに合ったとされています。 

そして、清盛は併せて仏教の信者でもあり、観音信仰という当時の貴族たちの現世利益的な観音信仰への傾倒は衰えることなく、事あるごとに観音に祈願して現世利益を得ようとした。 
そしてこの時期と同時に、平清盛もこれ倣って観音信仰を施したとされています。

この時期の観音信仰は、阿弥陀信仰に代表される来世の浄土を求める信仰への橋渡しを担う役割を果たしていたともされ、清盛は其れを具体的な形で仏教の聖地・中国の普陀山に求めたのであった。


次回、「厳島神社;中国貿易と仏教」

  
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2016-03-21(Mon)

24、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社と普陀山と補陀落」 






  24、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社と普陀山と補陀落」  





http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8b/20090606_Putuoshan_8807.jpg/1024px-20090606_Putuoshan_8807.jpg
中国・普陀山の海辺の洞窟


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/99/Taizita.jpg
普陀山多宝塔





中国・普陀山の島には南海観音の巨大な像があり、多宝塔など数々の御堂が立ち並んでいる。
この観音像は新し1997年に作られたとされ、この台座から南方の海を見渡す風景は絶景です。


そもそも普陀山が観音の聖地と見なされるに至ったのは、日本人の入唐僧であった慧鍔大師(エガク大師)が、中国の五台山から観音像を勧請しての帰路に、船が難破してたどりつい島で、中国四代仏教聖地の一つとして観音信仰の中心的存在となったともされているのです。

ここは日本のお寺が協力して建てたようで、日本の各地の観音菩薩の像が数多く安置されているのです。



普陀山には修行のお坊さんの数も多く、仏教学院が島内にもあります。 中国人は仏教や観音信仰にも敬虔であり、圧倒的に信徒の数も多く、また非常に真摯に祈る姿が印象的なのです。
観光が普遍的になる中、中国全土からお客が訪れる地となっているようで、仏教と観光と共に力強く復興している様子が強く感じられます。


当地が観音霊場となった由来は、後述の「普済禅寺」の項にも記述される通り、平安時代の916年、中国への渡来僧である慧萼(エガク)が、中国留学を終えて日本に帰国しようとした際、日本に招来しようとした観音菩薩が当地で日本に渡ること拒んだ(=不肯去)、という故事にちなんでいるといわれます。

よって、その観音菩薩は「不肯去観音」と称されており、そのお堂は「不肯去観音院」と呼ばれているのです。
以後、この舟山群島中の普陀山は、観音菩薩の浄土である補陀落に擬せられ、人々の信仰を集める中国有数の霊場となり、普陀山という名称の由来も浄土を意味する補陀落からきています。

因みに、観音信仰が隆盛になると、その霊地として「補陀落」の名称が各地で広まったとされ、特に中国では現在の浙江省にある舟山群島を補陀落(普陀山)として遠隔地にまで観音信仰が広がったとされます。

因みに、日本でも熊野や日光が補陀落になぞらえられ信仰を集めたとされ、日光という地名は補陀落から二荒(ふたら)、そして二荒(にこう)から日光となったという説もあるのです。
中世の平安期には観音信仰に基づき、熊野灘や足摺岬などから小船に乗って補陀落を目指す、所謂、「補陀落渡海」(生きたまま浄土へ船出でする)という修行の有り方が盛んに行われたといわれます。


次回、「中国・普陀山と平清盛の関係」







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2016-03-20(Sun)

23、世界遺産;厳島神社  「厳島神社と中国の観音信仰」 






  23、世界遺産;厳島神社  「厳島神社と中国の観音信仰」  




https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/16/20090606_Putuoshan_8818.jpg


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普陀山(観音菩薩)は、中国の浙江省北東部,舟山島の港から入ると、すぐに山門があります。
すでに熱心な信徒の団体を多く見かけられ、それも普陀山全体は驚くほどきれいです。 

中国はどこの都市でもゴミで汚れていますが、さすがに普陀山では少なく訪れる人は信徒が多く、観音の霊場を汚すことに気をつかっているためだとされています。

普陀山には奇岩が数多くありますが、特に有名なものがこの「磐陀石」です。 観音菩薩が説法する場とも言われてますが、微妙なバランスで岩が載っていて、手で押したら崩れそうなほどです。
むろん危険なので、人はこの岩の上には乗ってはいけないことになっています。


この岩は「心字石」ともいい、巨大な「心」の字が書かれた岩です。 縦5メートル X 横7メートルの心という字は、どのような由来で、誰が書いたのかはよく分かっていません。

普陀山の中心的な寺院となるのが普済寺です。 続に「前寺」とも呼ばれ、観音信仰の中心地です。 前身は、そもそもここが観音菩薩の聖地となった由来のある不肯去観音院(「行かず観音」と言う意味)であり、明や清の時代に何度も増築されたが、むろん文革(中国n毛沢東に夜文化大革命)による破壊を経て、1980年代に改装が行われたそうです。


観音菩薩を祭る本堂は円通宝殿と呼ばれ、この本堂の前に天王殿があり、その前は門と大きな池があります。
門の外は線香や紙銭や法具を売るお店でひしめいていて、ここから島の北に向かい、ロープウェイで仏頂山に登ることになります。

仏頂山の上には慧済寺があります。
ここでも熱心な信徒の姿を多く見受けられ、山頂までは千余段の階段があるのですが、それを「三歩一拝」と言う形で、次第に上りながら仏の領域に入ってゆくのです。
口に観音の称号を唱えながら、たいへん熱心な様子で信徒達が1人や2人ではなく、大勢が上ってゆきます。


次回、「厳島神社と普陀山の補陀落」

  
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2016-03-19(Sat)

22、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社と中国の普陀山」 





  22、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社と中国の普陀山」  






http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/16/20090606_Putuoshan_8818.jpg/800px-20090606_Putuoshan_8818.jpg
中国の普陀山の寺院



http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/1/1d/20090606_Putuoshan_8786.jpg/398px-20090606_Putuoshan_8786.jpg





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中国・浙江省の普陀山(観音菩薩)


平清盛は観音信仰から安芸の宮島・厳島神社は、中国の四大聖地の観音霊場の普陀山をモデルにしたと言う説があります。

普陀山とは、中国の浙江省北東部,舟山島の東部海上にある小島で普陀県に所属する。
五代の後梁の貞明2年(916),日本僧の恵鍔(えがく)が五台山より帰国の途中,ここに観音像をまつり,寺を建ててから人々の信仰を集め,観音の霊場として中国仏教徒の四大名山の一つとなったとされます。

前後2山の仏寺群からなり,前山は普済寺,後山は法雨寺が中心で,遊覧避暑地としても有名である


中国仏教の聖地は、四ヶ所あり、四大仏山とも称されます。 これは、文殊・普賢・地蔵・観音の四大菩薩がそれぞれ住むと信じられているところです。
即ち、山西省の五台山(文殊菩薩)、四川省の峨眉山(普賢菩薩)、安徽省の九華山(地蔵菩薩)それに浙江省の普陀山(観音菩薩)のことです。

これら諸山の文化的背景や歴史はそれぞれ異なりますが、現在では仏教信仰の中心であり、また多くの観光客が訪れる地ともなっています。 



ここで、浙江省の普陀山を一寸詳しく紹介します。
先ず「普陀山」と聞くと山岳地帯と思ってしまうかもしれませんが、実際には島を指していて、浙江舟山群島には様々な大小の島嶼がありますが、その中に普陀山があります。
つまりは南海に浮かぶ島です。

これはすなわち、伝承では観音菩薩が南海の島にいると考えられていることによるものです。 その名称は、「ポータラカ」=「普陀落迦」という音写語からきています。
面積はだいたい12平方キロメートル、大きな島ではありません。


普陀山は現在では普済寺・法雨寺・慧済寺(仏頂山寺)等を中心に、大小の寺院と多くの観音菩薩にまつわる遺跡が存在しています。 僧侶の数も多く、盛んに法要が営まれています。 
また全国から観音菩薩を拝する人が訪れ、観光地としても有数の地区になっています。

普陀山へは上海からフェリーで行く方法もありますが、高速道路で「寧波」(にんほー) へ、その後舟に乗って舟山市へ、さらに沈家門という港から快速艇に乗り、普陀山へ向かいます。


次回、「厳島神社と中国の観音信仰」





  
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2016-03-18(Fri)

21、世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社と海上神殿」 





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なぜ、これほどまでの海上神殿を造ったのでしょうか・・」?

清盛が厳島神社を造営したヒントは、中国の普陀山( 中国四大仏教名山・仏教の聖地で、 五台山、九華山、峨眉山、普陀山で、観音菩薩が祀られている)に在ると言われております。

其処には潮音堂や洞窟の中で海の上に建つ観音様が祀られていて、この潮音堂こそが厳島神社の原点だというのです。
確かに普陀山には潮音堂があり、ここでインド発祥の観音様が修業をしたと言われています。

仏教では、修業の際周りの音が重要で、観音様は海の音によって心を落ち着かせ、悟りに至ったのだそうです。
海と観音は、古来より深く結びついていたのです。

そして、清盛が築いた海上神殿、それは、海に建つ観音そのものに思えるというのです。
その社殿は、波の音が聞こえる海の上になければなりませんでした。
選択肢はなかったのです。

記録によれば、清盛は厳島神社で大法要を行っています。
僧の人数は南北の回廊に各500人。

回廊には1万を超える松明が焚かれ、僧千人による読経が海に鳴り響き、清盛が催したこの千僧供養は海上神殿・厳島神社を人々に深く印象付けたとされています。


次回、「厳島神社中国の普陀山」

  
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2016-03-17(Thu)

20、世界遺産;厳島神社  「厳島神社と観音信仰」 







  20、世界遺産;厳島神社  「厳島神社と観音信仰」  




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 厳島神社は中国にモデルがあった・・!

中国南部にある普陀山。これをモデルにして厳島神社を造ったというのです。 その根拠はどこにあるのでしょうか・・?

中国の揚子江(現在の長江)の河口にある小さな島・普陀山、この地は仏教の聖地であり中国の人は、普陀山によくお参りにいくそうです。
普陀山には大きな観音様がたっていますし、中国仏教で最も知られている観音の聖地であり、分け隔てなく人々の祈りに応えてくれる観音信仰は、10世紀ごろから中国に広く浸透していたとされます。


実は厳島神社は、この普陀山がのモデルとされているのです・・?!。 
その証拠は厳島神社の中にあるのです。

清盛は神社を建てたのに、仏教の聖地をモデルにしたのは・・?、と不思議に思われますが、この疑問こそ厳島神社の謎を解く最大のポイントのなるのです。

本堂の真後ろの”不明門”(あかずのもん)を見ると、何と、清盛が壮大な夢を仮託した観音様が安置・奉納されていたというのです。
だが、今は別の場所に奉納されていて、この観音像こそ厳島の中腹にある大聖院というお寺に安置されているのです。

大聖院は、平安時代の初期(806年)に創建された厳島で最も古いお寺であり、本尊としてそこに十一面観音がありました。 そうなのですこの観音様こそ、奈良時代のものと伝えられています。清盛の時代は、神と仏が混合する神仏習合の時代だったのです。

どうして、清盛は観音様を信仰していたのであろうか、其れは観音様は昔から「抜苦与楽」(バックヨラクとは、仏や菩薩が衆生の苦しみを抜いて福楽を与えることをいう)、つまり清盛の時代は混乱の時代、この思いを込めて祈っていたとも言われているのです。

ところで、この観音信仰は仏教伝来から間もなくして飛鳥時代には大陸や朝鮮半島を経て日本へ入ってきます。 
奈良時代になっての観音信仰は国家仏教と一体となり、現世利益的観音信仰が主流を占めるようになります。 
そして9世紀前半、奈良時代から平安時代初期にかけて天皇家を中心とした国家の全盛期となり、主に貴族たちの現世利益的観音信仰への傾倒し、事あるごとに観音祈願して現世利益を得ようとした。
10世紀末以降には、京都や畿内を中心に観音像を安置する寺院が増え始め、貴族や民衆の参詣が流行し、このあたりから観音霊場を巡礼して験力をみがく、所謂、経験者による観音霊場めぐりも現れるようになります。



因みに、明治時代の初めに廃仏毀釈・神仏分離令によって、現在のように神社や寺院は別物として仏教的なものと神事的なものはが分けられたが、ここ宮島も明治以前までは神仏習合の地、神の島でもあり、実は仏の島でもあったのです。

清盛の観音信仰は「平家納経」にも表れていて、一門が自らの祈りを込めて写経したものであり、その冒頭には清盛自身が記した「願文」があるのです。

そして、其処には、「当社は観世音菩薩の化身なり。」とあるのです。 
つまり、清盛が厳島神社を建てた理由は、観音への信仰だと思われるし、観音信仰が厳島神社と普陀山を結びつけていると言われる所以なのです。


次回、  「厳島神社と海上神殿」

  
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2016-03-16(Wed)

19 世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社の地形的背景」






  19 世界遺産;厳島神社の仮説  「厳島神社の地形的背景」  





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 厳島神社はもともと陸地だった・・!

現在は海上に立つ厳島神社であるが、元々は陸地だった場所を清盛が掘って神殿を造ったという説もあり、その根拠としては厳島を襲う土石流の実態だとも言われています。

厳島では200年に一度の割合で、弥山(みせん)の山から神社を埋め尽くすほどの土石流が発生していて、近年ではあの枕崎台風でした。
1945年の枕崎台風から遡ること江戸時代中期の1739年、さらに室町時代の1541年にも土石流が発生しているとされています。

つまり、200年に一度くらいずつ土石流が起こり、その都度厳島神社の海のところが埋まって陸地になってしまったとされます。
地質の脆い厳島では、清盛の時代の前から土石流が起こり陸地が形成されていたようで、そうなると、現在は海であったところが本来は陸地であったと考えるのが自然だというのです。


ところが、今度は元々陸地だったところを人工的に掘って海を開き、その上に新しく社殿を造ったという風に考えられるのです。
では、どのようにして海上神殿を築いたのでしょうか・・?、清盛は広大な土地を掘り、海の水を引き入れて、社殿を築いたとされています。

平安時代にこのような土木工事は可能だったのでしょうか、といわれると、日本はもとより農業の国であり、土地を耕したり、新しい土地を開く事は特に苦出は在りません。 農業には鋤・鍬・斧、などがあり、固い樫の木の先には金具がついています。 
従って、当時の技術からお寺や神社が造られているので、人海戦術を使えば可能なのです。


平安期、厳島神社の100年前に建立されたとされる京都宇治の平等院、其処には寺院の前庭には大きな池がありますが、此方も極楽浄土を再現しようと人工的に作られた池なのです。 考古学や建築学から考えて、この時代に清盛が人工的に海を作り海上神殿を造ることは、極めて可能だったのです。

大胆な発想と緻密な研鑽で清盛が造った海上神殿は、全ては海の上に建つことを前提に造られています。
平舞台や回廊は優雅さだけではなく、本殿を高波から守ってくれてます。 
そして、元々あった神社(元々は寺院)の創建から凡そ550年後、現の海上神殿に改築したのが平清盛であり、彼は平家の氏神として厳島神社を篤く敬い、幾度となく参詣に訪れたと言われております。


次回、厳島神社は中国にモデル

  
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2016-03-15(Tue)

18、世界遺産;厳島神社の概説 「清盛と平家納経」 






 18、世界遺産;厳島神社の概説 「清盛と平家納経」 



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平家の栄華を今に伝える「平家納経」とは、

厳島神社には平家の生み出した美の傑作である、国宝の「平家納経」が伝えられています。
これは長寛二年、清盛が平家の繁栄を願って厳島に奉納したといわれる三十二巻におよぶ経文のことで、制作には一門の一人ひとりが当たったとされています。

その豪華な装飾は他に比類を見ないもので、まさに平家の栄華の絶頂を示すものといえます。


現在は厳島神社宝物館に模写が展示されているので、ご覧になった方も多いと思いますが、各経文に華麗できらびやかな装飾が施され、神社に奉納する経文にこれだけの費用と手間をかけるものかと、驚嘆させられてしまうほどです。


平家納経というのは、平家一門が平清盛を中心として厳島神社に奉納した「法華一品経」。国宝。長寛2 (1164) 年の供養願文をもつ。「法華経」 28品,開経「無量義経」,結経「観普賢経」,さらに「阿弥陀経」、「般若心経」各1巻の 32巻に願文を合せた計 33巻から成るとされております。

此処で、神社にどうして仏教の経典を奉納するのかという疑問もあります。
清盛の時代は既に「神仏習合」といって、神仏が一体化されており、しかもほぼ神社の多くは寺の管理下にありました。

状態として仏教に取り込まれる形になってしまい、神道の神々も本地垂迹として仏の化身という解釈になりました。 ですから多くの神社では読経を行うことも本尊として仏を祭ることも普通にしていたわけです。 平民でも神社に祈願に行き、読経をするということがあります。

此の後に記載しますが、厳島神社は清盛が中国貿易のため、中国の観音信仰の聖地-普陀山(普陀落山)を模したとということが常識になっています。つまり貿易船が出航の時に無事を願い、帰航したときに無事を感謝する目印でもあったとしています。
これに倣って造られたのが厳島神社だとしています。
そのため本尊は宗像三神であり、弁財天、そして観世音菩薩でした。 この観音像は普陀山から伝わったとも言われています。



この平家納経にも、やはり一門の総帥である清盛の“美意識”が反映されています。
貴族にはないスケールの大きさと、武士のもっていない華麗さ、其れにその独特のセンスの中に併せ持っていたのが、それが清盛なのです。

因みに、平家の全盛時には六波羅や西八条などに邸宅を構えていた清盛ですが、六波羅の清盛邸の「泉殿」や、福原にあった別荘の「雪ノ御所」も、おそらく豪奢なものだったことに違いないでしょう。

これらは、平家都落ちの際に一門の手で焼き払われてしまい、現在では目で見ることはおろか、どこの場所にあったかも定かではないのです。



次回、 「厳島神社の地形的背景」

  
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