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2016-05-05(Thu)

新・日本紀行(108)太宰府 「天満宮と菅原道真」


九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)





『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真関係)
九州紀行」; http://orimasa2009.web.fc2.com/kyusyu.htm
九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/




新・日本紀行(108)太宰府 「天満宮と菅原道真」




https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/86/Dazaifu_Tenmangusandou.JPG/800px-Dazaifu_Tenmangusandou.JPG



https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/97/DazaifuTenmangu.jpg/1024px-DazaifuTenmangu.jpg



https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8b/20100719_Dazaifu_Tenmangu_Shrine_3328.jpg/1024px-20100719_Dazaifu_Tenmangu_Shrine_3328.jpg



 
道真公祭神の大宰府・天満宮  本殿と飛梅






「日本一周の旅の記録」へリンクします
 

「心字池」に架かる三つの赤い橋は、一つ目が過去で、二つ目が今、 そして三つ目の橋は・・、

さだ まさし」の「飛梅」という歌は、太宰府天満宮を唄った詩である。 飛梅というのも実際に存在し、天満宮本殿の正面右側に木の柵に囲まれ、小枝を大きく広げて価値充分の「御神木」である。 
大宰府に左遷された「菅原道真」のことを想って、「京の都の梅が一夜にして大宰府まで飛んできたと・・」、という逸話のある年期の入った梅の大木である。


飛梅』 詞・曲・歌・さだ まさし
心字池にかかる 三つの赤い橋は
一つ目が過去で 二つ目が現在
三つ目の橋で君が 転びそうになった時
初めて君の手に触れた 僕の指
手を合わせた後で 君は神籤を引いて
大吉が出る迄と も一度引き直したね
登り詰めたらあとは 下るしかないと
下るしかないと 気づかなかった
天神様の細道



『 東風吹か ば匂い遺せよ 梅の花 
           主なしとて 春な忘れそ
 』  菅原道真
(春になり東風が吹いたら、その風に乗せて、花の春を私が流されてゆく西の太宰府まで 送ってほしい。梅の花よ、主がいないからと言って春を忘れてはならぬぞ)

道真が九州の大宰府に流され、その悲しみを庭の梅に寄せて詠んだ歌である。


菅原道真、道真といえば天神様、天神様といえば「梅の木」である。 
江戸・東京、「湯島の白梅」で知られる「湯島天神」は太田道灌が、ここ大宰府より勧進し、天正18年(1595)徳川家康公が江戸城に入るに及んで、特に当社を崇敬すること厚かったという。 

祭祀によって泰平永き世が続き、文教大いに賑わい、学者・文人の参拝も絶えることなく「菅公」の遺風を仰ぎ奉ったという。 
」は、その生命力の強さから昔より霊性を持って人を守る花として、大宮人(宮中に仕える都人)に好まれた花であり、中国から伝えられた頃は「白梅」で、奈良期にあっては花と言えば梅を指したようである。


菅原道真は天神様と呼ばれて学問、受験合格の神さまとして親しまれている神であることは周知であり、受験シーズンにもなると天神様は大忙しになる。
若い世代にまで深く浸透している神さまといったらこの神を於いて他にはない。


道真は、代々学者の家系に生まれ、長じて学者、文人、それに政治家として卓越した能力を発揮した人物であった。 
幼少の頃から文才に優れていたといい、18歳で律令制度の国家公務員試験の科目のひとつ「進士」の試験に合格、23歳でさらに上級の「秀才」に合格して文書(モンジョ)博士となる。 

以後、その才を遺憾なく発揮して順調に出世し、醍醐天皇の時に55歳で、最高官位である「右大臣」にまで上り詰めた。 
ところが、そこで政治的な暗闘、学閥の抗争の黒い渦に巻き込まれてしまったのである。

道真の異例の出世が、権力者・藤原氏の鼻につき、延喜元年(901)藤原時平の讒言(ざんげん:人をおとしいれるため、事実をまげ、目上の人に、その人を悪く言うこと)によって失脚し、北九州の太宰府へと転勤(左遷)されてしまったのである。 
都を去るとき、道真が詠ったのが、「東風吹かば・・」である。
道真の愛した梅と一緒に、門弟によってその墓所として建てられたのが「太宰府天満宮」なのである。


学者、文人という平和的なイメージを持つ菅原道真であるが、一方、政治家でもあったことから死後の魂が怨念に支配されることになる。 
知られているように“神としてのデビュー”してからは、日本でも最強レベルの恐ろしいパワーを発揮する怨霊神でもあった。 
道真が太宰府で死んだ頃から、都では天変地異が続くようになり、まず道真を讒言した張本人の藤原時平が39歳で急死。 
京の周辺は疫病や日照りが続き、数年後には醍醐天皇の皇太子が死亡、次の皇太子もすぐに亡くなり、人々はすべて「菅公」の怨霊の祟りとして恐れた。
極めつけは、延長8年(930)に宮廷の紫宸殿に落雷があり、死傷者が多数出たことであった。

これにより、道真の怨霊は雷神と結びつけられることになる。
元々京都の北野の地には、農作物に雨の恵みをもたらす火雷天神という地主神(じしゅじん)が祀られていたことから、それが道真の怨霊と合体したものと云われる。 
そこで怨霊の怒りを鎮めるため天暦元年(947)、京の地に「北野天満宮」が創祀されたのであった。

元より日本の農耕信仰では、古くから北野の火雷天神のような天から降ってきた神を祀る天神社(古くから農耕民族にみられた天神信仰)が各地にあったという。 
道真の御霊が火雷天神と合体したことによって、やがて各地の天神社の祭神も道真=天神様とされるように成ったといわれる。

海の神とか山の神などとは違って天神様には何となく親しみがある。 
やはり人が神になったという事実が一番の要因であろうが、特定の人間が神になった例は、たとえば豊臣秀吉や徳川家康(東照権現)などの政治的実力者をはじめ数多いが、ドラマ性や霊的パワーにおいて道真が代表格でこれに勝るものは無い。
道真の怨霊は、生前の業績がプラスされて更に強力な霊的パワーを発揮し、都の人々が認めたことによって神、天神となったのであった。


社殿、境内は一見豪華といえる楼門と本殿と、それを繋ぐ回廊のみで極めてシンプルである。
楼門の手前に「心字池」があり、この池に三つの赤い橋が架かり、それぞれ過去、現在、未来を表しているという。己の心を三つの橋で確かめ、心字池の鏡に映し、清真なる気持ちで御参りすれば天神様の霊力を多いに授かることが出来るかもしれない。

参拝前、個人宅の駐車場に車を預けたが、帰路、運転席の窓ガラスにガムが2個貼り付け置かれてあり、「気を付けて、お帰りを・・」とメモがシタタメてあった。

清々しい気持ちで、天満宮を後にした


次回は、「元寇

  
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