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2017-08-31(Thu)

平成日本紀行(184) 松江 「松江城」





 平成日本紀行(184) 松江 「松江城」  




https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/da/150321_Matsue_Castle_Matsue_Shimane_pref_Japan01bs.jpg/1200px-150321_Matsue_Castle_Matsue_Shimane_pref_Japan01bs.jpg
松江城天守閣







松江城は、やや小振りだが・・?信州・松本城に類似している・・?、

松江に向かっている。 
松江市街に入り西末端部の宍道湖と大橋川に架かる宍道湖大橋を右に見ながら左折すると、すぐに高めに「松江城」の優雅な姿が見受けられた。 
大手門前の有料駐車場を利用して、高台の本丸に向かう。

先ず目に付いたのが石垣の下に佇む松の緑に囲まれた清楚なお壕、お堀端である。 
そこに、遊覧船、観光船、或いは案内船と言うべきか、ロマンチックな木製の渡し船が船頭さんと共に、静かに待機し、運行していることである。 

尤も、実際のお壕の名称は「堀川」といって堀川の渡しであり、それは一種の「水郷」である。 
思えば松江の町自体が、水郷の都、水の都なのである、町の中心が宍道湖と中湖の間に挟まれた地域で、そこに大橋川とそれらの支流が編み目の様に流れ、城壕の堀川はその一部のようなのである。 
幾多の城を巡ってきたが、お城周りにこれだけ風雅な雰囲気を残しているのは見当たらない。 

松江市は、中国の「松江(しょうこう)」に似ているところから名づけられたとか。
お城の周辺には、古い町並み、屋敷跡、著名人の館が残り、更に、情緒と雰囲気を盛り上げている。
いわば松江の町のシンボル的存在になっていて、歴史、自然を大切に温存している様子が判る。


さてお城である
中央に手摺を設けた幅の広い、ゆったりした石段を少し登ったところ、よく整備された生垣の庭園が大きく広がっていて、そこに威風堂々の天主城郭が天を指していた。 
石垣の上にドンと構えた黒塗りの城壁は一見、やや小振りだが信州「松本城」を思い出した。 

天守閣は望楼様式になっていて、ここから望む風景は絶大で、眼下の宍道湖をはじめ松江市街の向こうに中湖まで遠望できるにちがいない。 
屋根上には雌雄で鱗(しゃちほこ)が天に構える。 

内部は時間的に接見できなかったが、支柱や構造材は木造で、築城当時の様子がよく残しているという、所謂、戦国時代の特徴を良く残しており、非常に実戦的な天守の構造をした貴重な遺構だという。 
このあたりも平城の松本城を彷彿させる。 

天守地階には籠城用の生活物資の貯蔵庫、中央には井戸も残っているという。 
なんでも、全国に城郭が多数ある中、築城当時が現存するのは12ヶ所のみで、松江城はその内の一つであり、山陰では唯一の天守閣であるとする。

その内、天守閣の大きさ(平面面積)では、2番目、古さでは6番目とのこと。 
因みに、記録に残っている日本の城と言われる総数は25000にも達すると言われ、その中には、天守閣を備えた立派な城もあれば、柵で囲っただけの砦の様なものもある。 

だが、江戸時代の末期にはすでにその数は200を切り、その内天守閣があった城は70箇所程度という。 
その中で、現在も昔の様相、形式、築造方式が残っているのはたったの12城という。 
古くからの形を留めているのはこれだけで、あとは復元、復興等後から建てられた物という。  
12城とは、弘前城(青森)、松本城(長野)、彦根城(滋賀)、丸岡城(福井)、犬山城(岐阜)、姫路城(兵庫)、備中松山城(岡山)、丸亀城(香川)、高知城、松山城(愛媛)、宇和島城(愛媛)そして松江城(島根)である。


松江城の歴史は江戸初期に始まる。
慶長16年(1611)初代城主である堀尾吉晴(秀吉子飼い)から三代の忠晴にかけて、5年の歳月をかけて完成したものであり、特に吉晴は加藤清正と並び称される程の普請上手と言われていた武将であったという。

吉晴は16歳の時、木下秀吉(のちの豊臣秀吉)に出会い、その家臣になっている。 
家臣とはいっても子飼いに近い存在で、名は茂助、秀吉には大変可愛がられたようで、穏和な人柄に人望があり、「仏の茂助」とも称された。 
以来秀吉に従って戦功をあげ、小田原征伐後は大大名に出世している。 

堀尾忠晴の後は京極忠高(いずれも嫡子無くお家取り潰し)、その後、徳川家康の孫に当たる松平直政が信州松本から移封され、以来明治維新まで松平氏が10代234年間に渡り18万6千石を領していた。  

松江城が、信州・松本城に類似しているのは、松平直政の影響が有ったのかもしれない。


次回も「松江





【追記】


ブラタモリ】 『松江~国宝 松江城の城下町はどうつくられた?~』

【ブラタモリ】
「 国宝・松江城 ~ 松江城の城下町はどうつくられた?~」
(NHK総合・2015/8/1放送)
※公式サイト:http://www.nhk.or.jp/buratamori/ (該当する内容ではありません)


<主な内容と感想>

 松江市や出雲市周辺といえば、一畑電車、旧大社線の大社駅(国の重要文化財指定)と私の興味深いものがあるので、ぜひそう遠くないうちに訪れたい町です。次回の出雲も楽しみですが、松江の城下町がどう造られたのかのも、この番組のおさらいも兼ねて町歩きしてみたいですね。

 番組の感想としては、やはり前作と比較してしまうのですがアシスタントとナレーションがまだ新作の2人に慣れることができませんね。 特にナレーション、これ以上は書きませんが声優経験のあまりない俳優さんと、声優もこなしている女優さんとの違いが際立つ。自局のアナウンサーでもいいような気がするのですが…。


<番組内容(いわゆるネタバレ)が含まれています>

・今回のスタート地点は7月8日に国宝指定された松江城。テーマは「国宝松江城の城下町はどう作られた?」

・戦前は国宝だった松江城。築城年が特定できず戦後、重要文化財にはなったが、国宝には指定されなかった。しかし3年前に柱に張ってあった木札が見つかったのだ。そこには江戸時代初期の年号、慶長16年(1611年)が見つかった。木札の釘穴と柱の穴を照合して一致したため築城年が特定できたのだ。
・松江城の天守閣から宍道湖が眺められる。城下町が造られる前はどうだったのか。600年前の地図を見ると、低湿地だったことが窺える。

・城を出て宍道湖を渡る橋付近に移動し、松江市史編纂委員 絵図・地図部会長の大矢幸雄さんの案内で小地図を眺める一行。中世の湖岸に沿った道を歩いて行く。標高3mぐらいの高い場所(白潟)は松江城の出来る前に町が出来ていた。回船問屋などが建ち並び栄えていた。明治時代までは回船問屋を営んでいた現在和菓子屋の内藤守さんの案内で、明治4年に松江藩が発行した船の通行手形や1830年頃の松江藩の藩札を見せてもらう。

・僅かにあった高低差を利用した商業地があったため松江藩の城下町がつくられたのではないか。

・再び西島さんの案内で城の地図を見る。堀の役割は防衛と盛土、排水の3つの役割があった。城の北側に小高い丘がある。もともと一つだった山を横240m、縦90mを掘り崩して盛土にしたといわれている(諸説ある)

・続いて堀を巡る遊覧船に乗った一行。武家屋敷の跡地のところに一段低くなっているところがある。船入(船の出入りのために設けた堀や入り江)と呼ばれる船の停泊所があった痕跡。さらに船入が1箇所だけ残されている場所に向かう。家老だった旧柳田邸跡地。

・ポンプ場に移動した一行。出雲河川事務所の西博之さんの案内で内部を見学する。毎秒3.6トンの水を移動できるポンプが2台備えられている。もともと水害の多い松江。400年前に造られた堀の排水機能をここでコントロールしている。

・宍道湖大橋に移動した一行。宍道湖から日本海に抜ける大橋川を拡幅、浚渫してきた。その副産物で汽水域が出来たことでシジミが獲れるようになったという。江戸時代は大橋川と宍道湖の一部で獲れていたが、川の拡幅工事後、全域で獲れるようになった。


(参考追記)
松江城と人柱伝説 ( https://rekijin.com/?p=15346 )



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