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2015-12-09(Wed)

四国の旅・愛媛県: 伊予松山 「正岡 子規」(Ⅱ) 




 四国の旅・愛媛県: 伊予松山 「正岡 子規」(Ⅱ)   、




〇〇


正岡 子規の旅姿



「日本一周の旅の記録」へリンクします
 
子規は、35歳の若さでこの世を去っている。
辞世の句、絶句になった・・、

『 糸瓜咲て 痰のつまりし 佛かな 』 享年34。


この句は、自分の死を既に仏に成るまで達観し、冷静に見詰めている。
子規の忌日の9月19日を(1902・明治35年)「糸瓜(へちま)忌」としている。 これは「秋の季語」でもある。 
又、子規自身、自分のことを「獺祭亭主人」と号していたから「獺祭(だっさい)忌」ともいう。 獺(かわうそ)は獲物を集め、巣の周りにたくさん並べて置いておく、それを称して「獺祭」といい、子規の生きようとする意欲が食へのこだわりにつながり、看病する母や妹が枕元へ常に食物を並べて置いていたという。



子規は、死を迎えるまでの約7年前から結核を患っていたという。
病床の中から「病床六尺」を書いたが、これは少しの感傷も暗い影もなく、死に臨んだ自身の肉体と精神を客観視し写生した優れた人生記録であると評される。 
反面、闘病日記である「仰臥慢録」は、読む人をして、心が痛んで、とてもまともには読めないともいわれる。

本名・常規(つねのり)であるが、雅号の「子規」とはホトトギスの異称で、結核を病み喀血した自分自身を、血を吐くまで鳴くと言われるホトトギスに喩えたものである。 
そのとおり子規の文学は、その病と切っても切り離せないものであった。
子規が最初に喀血したのは、1888年(明治21年)8月の、鎌倉旅行の最中であったといい、医師に肺結核と診断される。 当時結核は不治の病とみなされており、この診断を受けたものは必然的に死を意識せざるを得なくなり、この時、子規は「ホトトギス」の句を作り、はじめて自分を「子規」と号するようになった。

『 新年や 鶯鳴いて ホトトギス 』


ホトトギスは、カッコウとも呼ばれ杜鵑、時鳥、子規、不如帰、杜宇、蜀魂、田鵑などカッコウ科に分類される鳥である。 
特徴的な鳴き声とウグイスなどに托卵(たくらん)して育ててもらう習性で知られている。托卵とは、ある鳥が他種の鳥の巣に産卵し、その鳥に抱卵・育雛させることで、仮親の卵より早く孵化し、本親の卵を巣外に排除してしまうという、特殊な習性をもつ。


俳諧雑誌「ほととぎす」は明治30年(1897)、正岡子規の友人・柳原極堂の手により刊行された。
発行部数は当初は300部程度であったが、出版が東京に移ってからは読者は全国に拡がり、名実共に日本俳句派の機関紙となった。 
和歌や新体詩が入り、幅広い文芸誌となり、38年からは夏目漱石の小説「吾輩は猫である」を掲載、これが大変な人気となって文芸誌としての道を歩んでいく。 
「坊っちゃん」も、「ホトトギス」が初出版している。
子規の病を大きく進行させたのは日清戦争への記者としての従軍であった、1895年3月3日、新橋をたち中国の大連に向っている。 

新橋からの出発に先立ち・・、

『 雛もなし 男ばかりの 桃の宿 』 と詠んでいる。


むろんこの日は3月3日で桃の節句だった。それなのに別れを惜しんでくれる女性もいないとスネているのである。 だが心中、戦地に赴く「心意気」も感じられる。 
しかし、中号・大連に着いた頃は、既に事実上の戦争は終わっていたのである。 
帰国途上の船中で大喀血して重態となり、そのまま神戸で入院して須磨で保養した後、松山に帰郷し、当時松山中学校に赴任していた親友「夏目漱石」の下宿でしばらく静養していたという。



序ながら、俳人・正岡子規は幼少時代から「秋山真之」とは親友であり、上京した後も共立学校の同級生として交遊、和歌や俳句などを教えたともいう。
その影響からか、秋山は軍人ながら名文家としても知られており、後に「秋山文学」と称せられるほどの文章家であったという。
秋山兄弟と正岡子規の物語は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」で日露戦争を背景として描かれている。


次回は、その「秋山兄弟

  
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